JTA日本トランスオーシャン航空 オフィシャルサイト

MENU

JTAの活動 JTA JOURNAL想いをつなげる

  • HOME
  • JTAの活動
  • JTA JOURNAL

第23回 池間酒造有限会社(宮古島)

当記事は2018年2月28日にサイトクローズした「美ら島物語」で公開していた記事です。

 

 

 

 

池間酒造有限会社


 

 

 

 

宮古島の西原は、通称では「ニシベ」とか「ニシムラ」と呼ばれる場所で、市内からは車でわずか10分程度の集落です。

 

 

遥か昔に池間島から移住した人たちで出来た集落で、自分たちのことを池間民族と言って、宮古人との違いを誇りにしていて、なかなか面白い人たちが暮らしています。

 

 

実際、今でも祭祀は、池間島と同じものが同じように行われていて、宮古島の中でも「祭祀」が盛んな所。

集落に7つの御嶽があり、ナナムイと呼ばれる女性たちの神組織が祭祀をつかさどり、集落の安全と豊穣、子孫繁栄を祈る。

 

 

池間酒造は、集落の入り口あたりの広大な敷地の中にあり、敷地の中には様々な植物や果物の木が生い茂り、まるで植物園のようでもあります。

 

 

数年前までは敷地内で、「ザウカニ」(グミの仲間)の収穫祭りもやっていて、宮古島では有名な酒造所です。

 

社長の池間太郎さんにお話を伺いました。

 

 

 

 

一見すると、少しコワそうな太郎さんですが、すごく優しい方です。

 

 

もうすぐ80歳になる太郎さんですが、お酒の名前に自分の名前を付けたのは業界で初めてではないでしょうか?

それが「ニコニコ太郎」です!

 

 

かれこれ30年以上も前のことですが、記者をしていた友人がCMに出演したのでよく覚えています。

ちょうど宮古島にケーブルテレビ局が出来た時で、泡盛のテレビCMは宮古島初だったそうです。

 

 

ニコニコ太郎は爆発的なヒット商品になり、池間酒造の名は一気に島中に知れ渡るようになりました。

飲む人がみんなニコニコ笑顔になるように、という願いを込めたそうです。

 

 

 

 

池間酒造所は、父の池間金次郎氏によって1946年(昭和21)に設立された。

当時は米ではなくサトウキビなどで造っていて、自前でサトウキビも作り黒糖も造っり養豚もしていた。

 

 

そして、当時は西原に製糖工場があり、宮古島のあちらこちらからサトウキビが運ばれていた。

宮古製糖や沖縄製糖が出来る前の話である。

 

西原に酒屋はあと1件あったが、現在は池間酒造のみ。宮古島では60件くらいの酒屋があったというから驚きである。

 

 

 

 

 

地元の高校を卒業した太郎さんは、大学の受験に一度失敗し東京で浪人生活を送っていました。

その時、同じ下宿にいた人が、東京外語大学の学生で、その人と交流していく中で「将来、外交官になりたい」と思ったといいます。

が、東京外語大学への進学は叶わず、明治大学に出来たばかりの経営学科に進学。

 

 

大学で経営学や組織論などを学び、沖縄本島で就職。

当時の沖縄は労働争議が勃発していた時代で、「調停」の仕事に追われていたそうです。

 

 

サラリーマン生活も10年を過ぎた頃、ある人との出会いで「カナダ移住を誘われ」決意。

本気でカナダに移住するつもりでした。

 

 

 

 

 

そんな折、宮古島をコラ台風が襲う。

(第2宮古島台風・18号コラ。昭和41年9月4~6日最大風速85・3m)

 

 

宮古島は壊滅的な状況になり、実家も大変なことになってることから、宮古島に一時帰島。

 

 

壊滅的な実家と親を見捨てることは出来ず、カナダ移住は諦めて、家業を立て直す決意をします。

 

そして苦難を乗り越え会社も成長させ、1975年(S・50)には銘柄「瑞光」で全国酒類調味食品品評会で「金賞」を受賞。

 

 

翌年、池間酒造場に変更。代表になる。

 

その後、今日に至るまで、日本のみならず世界でのコンテストでも金賞を受賞するなど、高い品質を誇る酒造りを続けている。

 

 

 

 

1993年、会社名を池間酒造有限会社に変更。

 

 

泡盛鑑評会でも受賞常連会社である。

ちなみに池間酒造の酒は「宮古島のナポレオン」と呼ばれている。

 

 

太郎さんが造る酒は「香りがあって甘みがあって舌ざわりのいい酒」である。

それは、そのような酒を造るために努力し研究してきたからである。

 

 

今でこそ「古酒は100%」ということになりましたが、太郎さんは最初から「古酒は100%」なのである。

 

 

 

 

宮古空港限定泡盛で難しい漢字の「鸇」は太郎さんが造った古酒で、依頼があった時は宮古島の秋の風物詩、渡り鳥のサシバということで「カタカナ」だった。

 

しかし太郎さんは、あえて難しい漢字の「鸇」(サシバ)にしたという。

 

読めないからいいさー!!と笑いますが、本物にこだわるという意思の表れではないかと思う。

 

空港でのロングセラー泡盛である。

 

太郎さんの酒蔵には本物の古酒がいっぱい眠っている・・・

 

 

 

 

太郎さんの日課は朝4:30に起床。

ストレッチやウォーキングをして5:00に朝食。7時には仕事を始める。

 

 

「仕事は命がけでやる」。お客様を裏切らない仕事をすることなのだ。

太郎さんは言う。「これまで人との出会いでやってきた。これからも人との出会いで導かれていく」。

 

簡単なようで難しい。奥の深い言葉である。

でも、それを証明するのが「ニコニコ太郎」である。

 

 

 

ボトルのデザインの太郎の文字は、京都の有名な書家の方が書いてくださった。

そして、バックにある赤の四角は、カナダ物産という会社の社長のアイデアだという。

 

 

一人の力ではなく、いろんな人たちとのつながりで、商品も生まれてくるのだという。

 

 

少年の頃の、「外交官になりたい」という夢は叶わなかった。

でも、今はいい泡盛を造ることで、「外交」を果たしていると思う。

 

どこかでニコニコ太郎のお酒を見かけたら、誕生の秘話にも思いを馳せてください。

飲んだらきっとニコニコします!そんな気がします。

 

またザウカニの実のなる頃に行きます!

 

 

池間酒造有限会社


 

住所:〒906-0000 沖縄県宮古島市平良西原57

電話: 0980-72-2425

 

 

(2016.11.28 掲載)

icoVolume

ON/OFF

ページトップ