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第16回 石川酒造(沖縄本島西原町)

当記事は2018年2月28日にサイトクローズした「美ら島物語」で公開していた記事です。

 

 

 

甕仕込みの老舗蔵へ


 

 

 

桜もずいぶん散って葉桜に変わりつつある3月下旬。
運玉森のある西原町の石川酒造場へでかけました。

 

 

 

 

泡盛通の人でなくても、甕仕込みの酒といえば石川酒造場とか、コマーシャルの「うりうり・ずんずん・うりずんずん」というのは、意外なほど浸透していて、これが「うりずん」という銘柄のCMだと知ったのは、後のことではありましたが。

 

 

 

今年で創業67年を迎える酒造所が生まれたのは首里・寒川町だった。
琉球王朝時代、創業者の石川政次郎は酒造りの首里三箇で生まれ育ち酒造りの技術を身につけていて、奄美大島や石垣島まで技術指導にもあたっていた。

 

その後、何らかの縁があり1935年、日本統治下の台湾で酒造りを指導していたという。
戦後沖縄に帰り1946年に設立された「沖縄民政府財政部」(沖縄は米軍統治下)が直接運営する5つの酒造所のひとつ、首里酒造所に勤務後、1949年、酒造所民営化の際に独立して首里・寒川で石川酒造場を始めた。

 

 

 

 

 

政次郎が拘ったのは「甕仕込み」製法で、最初は肥後から甕を買い付け、その後、廃業する酒屋を回って甕を買い集めたという。

 

政次郎は手間暇のかかる甕仕込みに最後まで拘っていた。
長い酒造りの経験の中から泡盛がおいしく造れるのは「甕仕込み」だという信念があったのだろう。
石川酒造といえば「県内唯一の甕仕込み」と広く認知されていった。

 

酒造所の歴史がそのまま沖縄の歴史に結び付くような酒造所でもある。

 

1972年、沖縄が日本に復帰の年、息子・信夫が2代目に就任。
1990年に工場の増築もあり現在の西原町へ移転。醸造学を学び研究熱心な信夫は沖縄の酒造所で初めて「もろみ酢」の商品化に成功した人で、第1回「日本物つくり大賞」も受賞。

 

 

 

また酒造所で初めて品質管理の国際規格ISO・90012000を取得している。73年に発売開始したもろみ酢はなかなか売れずやっと陽の目を見たのは健康ブームが起きた94年頃からだという。

 

昔は酒を造ったあとの酒粕は豚の飼育の餌となっていた。昔の酒屋はほとんど養豚もやっていて酒屋の豚肉は質がいい!と人気だった。

 

このもったいない副産物に目をつけもろみ酢を開発した信夫の先見の目は歴史に残る研究である。
2014年、仲松政治が3代目社長に就任した。

 

 

西原の広大な緑豊かな酒造所で製造を担当している上間長亮さんに話を聞いた。上間さんは入社10年目。大学で微生物を学び泡盛造りがしてみたいと石川 酒造に入社した。

 

酒造りは楽しい!でも気が抜けない!

 

黒麹と微生物相手の奮闘の日々である。
より良い品質の泡盛を造るため各酒造所と琉球大学、国税事務所の検査官などで構成する「泡盛製造者の会」のメンバーとして情報交換しながら日々の研究も忘れない。
石川酒造には上間さん以外にも大学で醸造学を学んだ技術者がいて将来の泡盛業界を支えていく人材が豊富だ。
会社は20人余がいて社員の平均年齢は33才と若い。ひと昔前の泡盛業界は若い人が就職しないある意味「ダサイ」イメージの業界だったように思う。

 

今ではハイテクも導入されつつあり若い人が似あうような業界になってきたのかも知れない。

 

 

 

ひと昔前の泡盛業界は若い人が就職しないある意味「ダサイ」イメージの業界だったように思う。

 

今ではハイテクも導入されつつあり若い人が似あうような業界になってきたのかも知れない。

 

 

工場には60年以上も泡盛を寝かしてきた甕もあり、その甕にはちゃんと住みついている「住人」(菌)がいるのだと先代は言っていたそうだ。
その菌がしっかり働いてくれるからこそいい酒が出来るのだと。泡盛の熟成にはまだまだ解明できない未知の部分があるからこそ面白い!と上間さんはいう。

 

科学的な研究も進み泡盛が世界で認知され称賛される日が来る日も近いかもと期待する。

 

 

 

石川酒造にの主力商品は「玉友」ぎょくゆうと読む。由来を聞いてみた。
意外な答えで「友は宝もの」ということらしい。そして「うりずん」。

 

面白いのは4年に1度、閏年に販売される「閏」。限定商品で今年は3月1日に発売開始で、すでに完売(3月28日時点)!!「運玉森」というのもある。

 

 

 

会社のある西原町という場所にある森の名前ですが、運玉のギルーという義賊が住んでいたとされる森の名前。
運玉ギルーは西原に伝わる民話に出てくる架空の人物なのだが映画監督の高峰剛氏が映画も作った。

 

遥か昔、琉球王朝時代に飢饉があった頃、お城に泥棒に入り貧しい人たちに分け与えたといういわば庶民の味方だった人ですが、もちろん実在はしていない。あまりの苦しさに当時の人々が「願望」として作った話なのである。
酒造所に見学に行ったついでに運玉森も訪ねてみると楽しいかも!

 

思わぬご利益もあるかも??知れない。

 

 

 

酒造所は戦禍を乗り越えて再開し場を移して新しい人たちによって生まれ変わり進化しているように感じる。
酒造所の歴史を知れば「飲む味」も変わってくるから不思議。

 

それも微生物のなせるワザかも知れない。

 

 

 

石川酒造場


 

株式会社石川酒造場
住所:〒903-0813 沖縄県西原町小那覇1438-1
電話:098-945-3515

 

 

(2016.4.28 掲載)

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