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第22回 ヘリオス酒造(株)(沖縄本島名護市)

当記事は2018年2月28日にサイトクローズした「美ら島物語」で公開していた記事です。

 

 

 

 

 

ヘリオス酒造(株)


 

 

 

 

9月も下旬だというのに海も空もまだ夏模様。目の前に広がる青い海を見ながら名護市・許田へ。大きな道の駅は観光客に人気のエリアです。その近くにあるヘリオス酒造所を訪ねました。

 

総務の西村英男さんと販売事業部の斎藤みずほさんにお話を伺いました。

 

 

 

 

ヘリオス酒造は、沖縄県内に46ある酒造所の中で、唯一のカタカナの名前の酒造所です。

泡盛の酒造所なのに何で?うちなー口でもなければ日本語でもないし・・・、でも、あとでわかります!

 

しかも酒造所の中で6種類の酒を製造している総合酒類メーカーなのです。

 

ラム酒から始まりリキュール、ウィスキー、ビール、焼酎、泡盛。ワインだけはありません。

ワインの免許も取得しようとしたのですが「近くに名護パイナップルがあり、パインのワインを造っているから」という理由で取得できなかったそうです。

 

 

 

 

ヘリオス酒造は沖縄で「一番最後」に泡盛の免許を取得した会社です。

始まりは、1961年。

 

 

創業者の松田正氏が那覇でサトウキビを原料としたラム酒製造の「太陽醸造」を設立しました。

今から55年前です。戦後はアメリカの統治下に置かれてましたから「ラム酒」は米軍に人気だったようです。

9年後の1969年に社名をヘリオスに変更します。

ギリシャ神話の太陽神の名前に由来したといいます。

 

 

なるほど!

 

 

太陽からヘリオスにというわけです。

当時としてはかなりオシャレだと思いますが、理由は不明だそうです。

この頃からウィスキーの製造を始めていたと思われます。

 

 

 

 

70年にはリキュールの免許を取得し「ハブ酒」と「黒糖酒」の製造を始めます。

そして沖縄が日本に復帰した72年、本社の工場を現在地の名護市許田に移転します。

79年に息子・松田 亮 氏が2代目に就任。焼酎乙類の免許を取得し泡盛の製造をスタートします。

 

 

 

 

泡盛造りは、大宜味村で休眠中の酒造所を譲り受けたのが始まりだそうです。

総務の西村さんは琉球大学の英文科を卒業後食品会社に就職していた時、2代目の亮社長から「酒造りをやらないか」と誘われ「微生物も面白そうだなあ!」と思って入社したそうです。

 

 

泡盛製造なんてただの一度もありませんでしたが10日間だけ「津嘉山酒造」に修行に行ったそうです。

 

 

それで??そうなんです!

 

 

亮社長は醸造学科を出ていたので、「どうすれば泡盛が造れるのか」を熟知していたのです。

それで西村さんは、遠くヤンバルの大宜味村で移住しおて泡盛造りを始めたそうです。

 

 

それから本社に移転して本格的に泡盛製造が始まりあの「樽熟成・くら」が誕生します。

ほとんどの酒造所は甕熟成が主でしたから「樽熟成」は業界に衝撃を与えました。

米軍統治下の頃はウィスキーが主流でしたが、復帰とともに徐々に泡盛が主流になっていき、ウィスキーの樽を使っての泡盛製造は自然の成り行きだったのかも知れません。

 

 

 

 

 

85年には東京支店開設。沖縄の泡盛が東京でも!

そして97年にはビール製造免許を取得しビールの製造もスタートし沖縄発のヘリオスクラフトビールが誕生します。

国際通りにビアガーデンもオープン。2000年からの沖縄ブームの中で泡盛ブームも起きます。

2001年、古酒蔵「二の蔵」が完成。2004年には大阪支店、続いて台湾支社開設。

2006年には本社の新社屋が完成。

 

 

 

今、意外なことがきっかけで「ウィスキーブーム」が起きます。

NHKの朝ドラ「マッサン」です。日本中でウィスキーが足りなくなったとか!

そんな折、ローソンから「限定でウィスキーを売りたい」という要望があり、樽の中で静かに眠っていた15年物のウィスキーを」2016年9月、ローソンだけの限定販売に!

発売1日で完売したそうです。

さらに10月下旬に第2弾が全国のローソンで発売」されるそうです。

ヘリオスのウィスキーが全国に!!スゴイです。

 

 

最初ウィスキーを製造していた時は「神谷ウイスキー」という名前で、台湾でもすごく売れたそうです。

沖縄ではハイランダーウイスキーという名前で売りだしたら、イギリスから「クレーム」がついたこともあったそうです。

泡盛、焼酎ブームの陰に隠れていたウィスキーが再び脚光を浴びています。

 

 

 

 

 

平成12年。100年古酒を造るための取り組みもはじまりました。

樫樽が数えきれないほど並ぶ蔵を斎藤さんが案内してくいれました。

 

 

ひときわデッカイ樽が存在感たっぷりに座っています!2200リットルが貯蔵されています。

この樽の中で泡盛が100年の時を刻んでいくなんて・・素敵です。

 

 

斎藤さんは「平和じゃないと100年の古酒は造れませんよね」と静かに話してくれました。

静岡出身の斎藤さんは大学で微生物を学び卒論のテーマが泡盛だったことがきっかけで卒業後ヘリオス酒造に入社。

すっかり沖縄に馴染んでいます。

西村さんは70代になり、現在、酒造りはやっていませんが、若い職人たちのいい相談相手です。

 

 

 

 

ラム酒から始まった蔵の歴史は多くの人たちの人生もいっぱい詰まった蔵です。

「酒はその土地で穫れる作物で造る」創業以来の精神は半世紀たった今も受け継がれています。

工場見学も斎藤さんがガイドしてくれますのでぜひお訪ねください。

 

西村さん、斎藤さん、楽しい取材をありがとうございました。

 

 

ヘリオス酒造株式会社


 

住所:〒905-0024 沖縄県名護市 許田405

電話: 0120-41-3975

公式HP:http://helios-syuzo.co.jp/

酒造所見学についてhttp://helios-syuzo.co.jp/docs/inspection.html

 

 

(2016.10.31 掲載)

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