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第7回 宮里酒造(那覇市)

当記事は2018年2月28日にサイトクローズした「美ら島物語」で公開していた記事です。

 

 

 

戦後の復興の中で


 

那覇市「小禄」にある酒造所は、沿道沿いに目印になるような看板も標識もないので、始めての人は見逃してしまうような・・。
近代的なビルやマンションが立ち並ぶ大きな通りを少し脇に入ると大きなマンゴーの木が1本だけあって、敷地内の建物にも何処を探しても看板がない!
沖縄の酒造所の中で看板がないのはここだけかも知れない。

 

 

 

宮里酒造がこの地に創業を始めたのは終戦の翌年の1946年。
壊滅状態の町で人々が少しずつ復興に向けて立ち直り始めた頃でブランド名は「春雨」と名付けた。
春は希望、雨は恵み。

 

戦後の復興と泡盛造りへの強い意欲を表した名前だ。
会社は創業者から2代目武秀氏に受け継がれ、沖縄が日本に復帰した記念に1975年に開催された「沖縄国際海洋博覧会」では、天皇に献上する泡盛に選ばれ、武秀氏自身が天皇の杯に献上したそうで生涯の自慢、誇りだったという。

春雨は評判の酒になっていった。

 

 

 

 

桶売りへ


 

1980年から約20年間は「桶売り」専門、いわゆる造った酒のほとんどを酒造組合や他の酒造所に売る「桶売り」の酒造所になった。
「泡盛業界の一日も早い復興のために・・」という気持ちがあったのではないか・・と推測する。
当時は小さな工場で年20トンも製造していたといいますから製造量の少ない酒造所はかなり助かったに違いない。
桶売りは他者のブランドとして売られるわけだから品質にも相当な神経を使って酒造りをしたと思われる。
品質が悪ければ売り上げにも大きく影響がでるわけだから責任も重大になる。

 

品質に対する他社からの信頼があったからこそ20年間も桶売りができたのである。
先代は小さな家族だけの工場でどうしたら効率よく酒が造れるか・・機械も道具も工夫し自分で作った。
他の酒造所も溶接工などを連れて見学にきて真似て作ったところもあったそうだ。
当時の機械や道具はあちこちに修理の跡や溶接の跡があるものの今でも現役で活躍している。

 

 

桶売りから自社ブランド復活へ


 

桶売りで宮里の酒が認知されていく中で知り合いの酒問屋の会長にせがまれて1升ビンを数本だけ売るようになると宮里の酒を買いたい!人が増えて「幻の酒」といわれるようになっていった。
会長は日に何度も訪ねてきては「春雨」の販売を懇願した結果、1997年、約20年ぶりに「春雨」が自社ブランドとして一般に販売されるようになるとその名は一気に広まっていった。

 

 

 

宮里の酒はすべて「春雨」というのも面白い。
カリー春雨は瓶による熟成を目指した酒で春雨ゴールドはカリーのワンランク上で春雨ラメはゴールドに輝く古酒である。
今でも全国に根強いファンをもつ。

 

 

三代目へ引き継がれる酒造り


 

社長を含め4人の小さな酒造所である。
3代目の徹さんは28歳で跡継ぎになることを決めた。
毎日工場で父親の仕事を見ながらあらゆるデータを集め、仕事を覚えていったという。
少ない人数で品質を維持しながらの酒造りは気が抜けない。
父親が作った手作りの機械や道具を使いこなし安定した品質の酒を造る。
徹さんも父親似なのか・・やっぱり自分で道具や機械を作っている。

 

 

 

小さな工場には他の酒造所には見られないような変わった道具が色々あって面白い。
父親に負けず研究熱心でまじめな酒造り一筋の2代目である。
狭い工場なので建て替えたり新築したりする予定はないですか?と聞いてみた。
「跡継ぎになったとき建て替える予定で設計図も出来ていたのですが何やかやとしてるうちに機会を失ってしまいました。
今となってはなかなか難しいかも知れません」と笑う。
69年の歴史を感じさせる蔵はそれなりに風情もありなかなか乙なもの。
何より先代が作った機械を移動したりするのは不可能では??と思う。
新酒でも1年余寝かすほどこだわる。酒造りのほとんどを少ない人数でしかも手作業で行っているため製造量は年間わずか。
販売量は1000リットル。
そのため入手しにくいということもあり「幻の酒」とも言われるようになった。

 

 

 

地域に愛されファンに愛される酒


 

戦後の荒廃した那覇の地で創業した宮里酒造。地元の小禄ではJA小禄を中心にした「春雨の会」があって年に1度交流会が開催される。
また東京で開かれる「泡盛文化の会」では泡盛にあった沖縄の特産品を使った食や芸能なども披露される交流会もあり積極的に県外にもでかけ春雨ファンとの交流も大事にする。
泡盛造りは緊張の連続ですという。

 

 

 

「古くも香り高く 強くもまろやかに からくもあまい酒」これは徹さんが宮里酒造の酒に対し表現した句である。
先代から受け継いできた伝統や技術、誇りがこの言葉ひとつひとつに込められているように感じる。
酒造りの過程で出てくる表面の油を手で掬い取り、ラベルを手で貼り1本1本丁寧に仕上げていく酒は造り手の心も伝わって飲む人に心地よい味わいをもたらしてくれる。
気取らず、構えず、淡々と酒を造る職人魂も伝わってくる。

 

入り口には看板娘?のかわいいベティちゃんが迎えてくれます。

 

 

 

そろそろ庭のマンゴーの木にも花が咲き始める頃、実りの季節はいいものです。
沖縄はもうすぐ爽やかな初夏の風が吹くうりずんの季節を迎えます。一度訪ねてみたらどうでしょう。

 

 

(2015.3.23 掲載)

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